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日本で暮らす脱北者

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生活苦や迫害から逃れるため北朝鮮を脱出し、日本で暮らす元在日朝鮮人やその子どもたちに、「自分たちの境遇を明らかにして支援を訴えよう」という動きが出始めている。民主党は先月、「北朝鮮人権法案」を国会に提出、自民党も同様の素案をまとめるなど、脱北者をどう受け入れるかの議論も始まった。昨年8月に43年ぶりに日本の土を踏み、大阪に住む女性が、実名で初めて心境を語った。
 広島市出身の榊原洋子さん両親は日本人だが、幼少時に在日朝鮮人夫婦の養子となり、現在も朝鮮籍だ。
 61年5月、帰国事業で養父母とともに北朝鮮北東部へ渡った。77年に同じ帰国者の工場労働者と見合い結婚。日本の親類から現金や衣類などが届き、比較的豊かだったという。
 しかし93年ごろから配給が止まり、98年には夫が病死。02年には闇市の価格が暴騰し、ますます食べ物が手に入らなくなった。日本からの仕送りも途絶えた。
 「中国に行けば日本に(仕送りを催促する)電話がかけやすい」と聞いた長男が、03年2月、家族に内証で脱北し韓国へ。長男が依頼した脱北ブローカーの手引きで、榊原さんは03年末、長女とともに豆満江を渡り、中国経由で日本にたどりついた。
 榊原さん母子は、大阪府八尾市に支援者が用意した2部屋のアパートで暮らす。体の弱い洋子さんは、ほとんど外出しない。月約17万円の生活保護と、支援者からのカンパが頼りだ。
 洋子さんは、日本のテレビで見た討論番組に驚いた。「首相の政策に賛成の人と反対の人が、激しく言い合っている。北朝鮮では考えられない」
 支援者がくれた電話機は「使い方が分からないから」と、つながないままだ。自動販売機でジュースを買う方法も覚えられない。食事は大抵、茶わん半分ほどのご飯とキムチで済ます。
 日本到着直後、養父の親類が、2人のアパートを訪ねて来た。「もう面倒見られない。すまない」。養父母と夫の墓を残して来たことを怒っているのだろう、洋子さんはそう感じた。
 北朝鮮生まれの長女は週2回、ボランティアの日本語教師のもとに通い、編入できる高校を探している。「10歳近く年下のクラスメートとうまく付き合えるかどうか、気が重い」。北朝鮮から来たことを言うかどうか、まだ決めていない。
 2人は現在、3年ごとに更新が必要な在留特別許可を受ける。将来は日本国籍を取得し、ソウルに住む長男も呼び寄せたいというが、「いまの生活保護額では厳しい」と悩む日々だ。
 日本に住む脱北者の人数について、支援団体は約70~80人と推測している。外務省は総領事館などに保護を求めてきた脱北者のうち、元在日朝鮮人や日本人配偶者について日本行きの便宜を図っているが、中国側に配慮し、極秘裏に行われているとみられる。大部分は「自分が日本に逃げたことが分かれば、北朝鮮に残した家族が処罰される」と、身を潜めているのが実情だ。
 「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」は、榊原さんら脱北した人たちの証言集会を、大阪経済大学(大阪市東淀川区)C31教室で開く。
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