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佐藤ゆかり議員の2年半 自民の亀裂、野党の躍進招く

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「恩返ししたい。ガス欠でも走り続ける」。2007年4月の岐阜県議選。当時、自民党副幹事長だった佐藤ゆかり氏(比例東海)は、盟友の笠原多見子県議の決起集会で声を張り上げた。選挙中は付きっきりで街宣に回り、「天下分け目の選挙。精いっぱい応援します」と支援を呼び掛けた。
 佐藤氏はその直前の告示日に、予定していた笠原県議の出陣式を欠席、物議を醸していた。実は佐藤氏はその日、今回転出が決まった東京5区と選挙区が一部重なる都議補選などの応援に向かっていた。佐藤氏派の陣営からは「東京の選挙区に移る気ではないか」と不満が漏れた。
 報道陣に囲まれ、佐藤氏は「党から応援の割り振りを受けた。前日まで戻るつもりだったが、ご迷惑をかけた」と説明した。しかし、佐藤氏の関係者は「党本部からは『地元優先で』を条件にしての応援要請だった」といぶかる。
 05年の総選挙により、岐阜市の地方議員は野田氏派と佐藤氏派に割れた。この県議選では五人の自民候補が出馬し、両氏にとって自分に近い候補を当選させるのは重要な課題だった。告示日に各陣営を回っていた野田氏は、親しい市議から佐藤氏が岐阜にいないと知らされ、驚いた表情を見せた。その後、こんな会話を交わした。
 市議「佐藤さんも党でいろいろとあるんだな」
 野田氏「でも地元候補の応援も党務です」
 市議「これからしっかり応援するんだろ」
 野田氏「今日は大事だよ」
 当時、野田氏は「副幹事長の党務って? みんな地元に帰る。私は大臣の時だって戻ってきたんじゃないかな」と佐藤氏の行動に首をかしげた。佐藤氏が「私が岐阜1区支部長」と自分に従うよう主張していたことから、「肝心な初日にいない。そんな支部長いるのかな」とまで語った。
 この県議選では五人の自民候補のうち、野田氏が後援会を挙げて支援した現職が落選した。内部の亀裂が深まる自民をよそに、共産新人は16,400票を集めて二位、民主新人は15,900票で三位で当選した。佐藤氏は「自民があぐらをかいていてはいけない。無党派層の対策が必要」と問題を提起した。
 三カ月後の参院選岐阜選挙区では、藤井孝男元運輸相が自公推薦で当選したが、岐阜市内の得票数は69,934票。民主公認で当選した平田健二氏の83,259票を下回った。自公が三分の二以上の議席を獲得し、岐阜1区で実質的に二人の自民候補を当選させた郵政選挙から二年弱。1区の公認争いを早急に決着させ、挙党態勢を整えなければ、とても次の選挙を戦えないことは、もはや誰の目にも明らかだった。
 今年一月三日、野田氏は岐阜市の伊奈波神社前での演説で「自民の批判票が多すぎる」と危機感を訴えた。「公認問題の解決は早い方が修復しやすい。切り捨てではなく、それぞれが活動できる場はあると信じている。佐藤議員を失ってはならない」と主張した。
 「勝てる候補」を公認候補の選定基準に党本部が野田氏を岐阜1区、佐藤氏を東京5区に振り分ける方針を決めたのはそのすぐ後だった。
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