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「急減圧なかった」 日航機墜落、事故直後に生存者証言

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20年を迎えた日航123便墜落事故。当時の運輸省航空事故調査委員会(事故調)は、後部圧力隔壁の修理ミスが主な原因と結論づけたが、遺族や航空関係者の間には疑問の声が消えない。遺族でつくる「8・12連絡会」は11日、事故原因が不明確だとして、残存機体の保存を求める文書を日航に渡した。
 最大の疑問は、垂直尾翼を吹き飛ばすほどの風を生んだ「急減圧」が起きたのか、という点だ。
 事故調は事故直後、乗客として搭乗していた日航のアシスタントパーサー、落合由美さん(当時26)ら4人の生存者に聞き取り調査をした。
 いずれも非公開だったが、4人の証言記録を元日航パイロットで日本乗員組合連絡会議の事故対策委員を務める藤田日出男さん(71)が関係者から入手した。
 ――急減圧のときに、空気がどちらかの方向に急に噴出、あるいは流れていくという風に感じましたか
 「流れていない」
 圧力隔壁に近い客室最後部に座っていた落合さんは、8月27日の聴取にそう明言している。
 報告書によると、圧力隔壁の一部が金属疲労のために破損し、隔壁の外へ流出した空気が機体尾部にたまって垂直尾翼などを壊したとされる。その空気は、客室内を秒速10メートル以上の風が吹き抜けたとされる。しかし、落合さんは、空気の流れはなかったことを何度も口にしている。残された写真などにも、客室に新聞や雑誌、座席カバーなどが散乱した様子はない。
 事故の翌年、機内で手投げ弾が爆発したために後部隔壁が破壊され、急減圧が起きたタイ航空機では、客室内を強い風が通り抜けて最後部の洗面所の化粧台が壊れ、一部の乗客が航空性中耳炎になった、という。
 耳のつまりについても、落合さんの記録には「一瞬、あのキーンという感じでもなかった」と記されている。
 さらに報告書では、客室内の気温が零下40度まで下がったとされるものの、落合さんをはじめ、川上慶子さん(当時12)、吉崎博子さん(同34)、美紀子さん(同8)の証言記録で、だれも寒さについて触れていない。
 藤田さんは、客室乗務員として専門的な知識と経験をもつ落合さんが「急減圧はなかった」と繰り返している点などに着目し、「事故調は落合証言との矛盾について説明していない。再調査すべきだ」と話す。
 一方、当時の事故調委員長だった武田峻さん(83)は言う。
 「結論には自信をもっている。ただ、客室の空気の流れなど、圧力隔壁破損という主原因と関係ないと判断したことについては細かく精査しなかった。それに、証言は証拠より信用度が低い」
 原因を探る手がかりとなりうる垂直尾翼の7割は、引き揚げられないまま相模湾に沈んでいる。
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