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第30師団の山川さん・中内さんか、確認急ぐ

白川郷

「本当によく生き永らえてくれた」。「奇跡」と言われた小野田寛郎さんの帰国からも31年。戦後60年を経て、フィリピン・ミンダナオ島で元日本兵とみられる男性2人の生存情報がもたらされた。
 旧陸軍第30師団に所属していた山川吉雄さんと、中内続喜さんとみられ、現地では日本大使館による確認作業が始まった。
 戦後、山岳地帯に取り残されたとみられる2人は、どのように暮らしていたのか。ほかにも生存者がいるとの情報もあり、日本の戦友たちは「安心して帰って来てほしい」と帰国を待ち望んでいる。
 「2人が見つかった。日本へ連れて帰る」
 各地の戦友会で作る「慰霊事業協力団体連合会」の会長の寺島芳彦さん(埼玉県川口市)の自宅に、フィリピンから国際電話が入ったのは、25日午前7時すぎだった。
 終戦時、フィリピンから引き揚げて以来、現地での遺骨収集などを続けてきた寺島さんは、戦後60年の節目に入った吉報に、涙が止まらなかったという。
 寺島さんによると、ミンダナオ島で「元日本兵らしき2人の老人が生きている」との情報が寄せられたのは昨年8月。同島の山中で、材木の伐採作業をしているフィリピン人女性が、反政府ゲリラと接触した際、ゲリラたちの中に、偶然、年老いた2人の日本人がいるのに気付いたのがきっかけだった。
 この女性はすぐに、長崎県に住む日本人の夫に連絡し、夫は寺島さんに、「元日本兵に違いない。すぐに助けてやってほしい」と電話で依頼した。
 寺島さんは、手紙や電話で女性と連絡を取り合いながら、まず2人の身元を確認しようとしたが、伐採現場近くの山中は携帯電話の圏外で、女性が電話を持っていっても、2人と直接話すことはできなかった。しかも、2人は、女性に対し、「日本に帰ると、軍法会議にかけられて銃殺されるのでは」と帰国はおろか、名前を明かすことも拒んだという。
 女性は数回の接触の末、ようやく2人の名前を聞き出し、寺島さんが、元日本兵の名簿と照合したところ、第30師団捜索第30連隊の中尉だった山川吉雄さん、伍長だった中内続喜さんと氏名が一致した。
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