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フジモリ氏出馬表明 国民新党、比例代表で

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南米チリで自宅軟禁下にあるフジモリ元ペルー大統領は国民新党の公認候補として七月の参院選に立候補することを正式表明した。同氏は共同通信に対し「大統領時代の経験を生かし、私の両親のふるさと日本に恩返しをしたい」と語った。同党の出馬要請を受けた。
 国民新党の亀井静香代表代行は東京都内の党本部で、フジモリ氏を比例代表候補として擁立することを明らかにした。
 日本の国政選挙に外国の元最高指導者が出るのは初めてとみられる。ただ、同氏は一九九〇年から十年間の大統領在任中の市民虐殺事件などで訴追されており、チリ最高裁がペルーへの引き渡しの是非を審理中。こうした中での異例の出馬表明は、ペルーや日本で議論を呼びそうだ。
 フジモリ氏は、関心のある政治課題として、北朝鮮による拉致問題や日本の年金問題、地方経済の活性化、治安改善を挙げ「私の得意分野であり、全力で取り組みたい」と抱負を語り「当選する自信がある」と述べた。
 同氏は日本国籍も保有し被選挙権を持つ。外国で自宅軟禁されたままでも立候補は可能で、当選した場合、登院しなくても法的には問題はないという。

2006年4月には支援者である在日韓国人の女性実業家、片岡都美との結婚を発表した。
尚、95年に経営破綻した旧信用組合岐阜商銀の安璋煥元理事長は彼女の伯父だ。また、彼女は「美濃カントリー倶楽部」(岐阜県武芸川町)を経営していた「美濃カントリー」の社長も務めるが、03年10月、5億数千万円の所得隠しを名古屋国税局から指摘され、2億円余りを追徴課税されていたことが明らかになっている。
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消えた年金

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大量の記録漏れが、国民の年金不信を増幅している。なぜこのような失態が相次ぎ、放置されてきたのか。該当者不明の年金記録〈5000万件〉の背景に迫った。
 「コンピューターへの年金記録の入力作業は、主婦など素人のアルバイトに任せていた」。東京都内の社会保険事務所に勤務していた元職員は、記録漏れを引き起こした電子化作業について、こう証言した。
 社会保険庁には、誰のものかわからない保険料納付記録が約5000万件もある。中には、氏名や生年月日などの入力ミスが大量に含まれている。「業務量が膨大なので、職員の対応には限界があった」。元職員はそう語ったが、作業を外部業者に委託したケースもあるなど、社保庁側の管理監督も不十分だった。記録漏れの原因が、アルバイト任せのずさんな作業にあったことは間違いない。
 年金記録の電子化は、1970年代から本格化。古い手書きの納付記録にある振り仮名なしの漢字の氏名を、カタカナに置き換えて入力していた。その際、本人や勤務先への確認はほとんど行われなかったという。
 「名前の読み方が何通りか考えられる場合でも、確認したのでは時間を取られる。常識的な読み方で入力し、わからない漢字は辞書を引いて調べる決まりになっていた」と、元職員は話す。この結果、「フルタニ(古谷)」が「フルヤ」、「ケイコ(佳子)」が「ヨシコ」などの誤りが多発し、せっかく払った保険料が年金額に反映しないという事態につながった。
 また、5000万件の中には、生年月日不明の記録が約30万件も含まれている。これについても、元職員は「生年月日がわからなければ、とりあえず空欄のままにしておいた」と言う。
 高齢者の暮らしを支える公的年金の業務に、ミスは許されない。なぜ、記録を丁寧に扱わなかったのか。
 問題は、国民を軽視する組織の無責任な体質にある。
 社保庁の職員組合「自治労国費評議会」は、コンピューター導入に際して、「労働強化が生じないよう十分配慮する」「1人1日のキータッチは平均5000タッチ以内……」など、仕事量が増えないように、様々な確認事項を取り交わしていた。国民の利益より、労働条件が優先。それを野放しにして組織改革を怠った幹部職員、厚生労働省の責任は重い。
 入力ミスなどが原因で誰のものかわからなくなった記録も、基礎年金番号の導入時に、氏名や生年月日、性別などを念入りに確認し、誰のものかを突き止める「名寄せ」をきちんと行っていれば、被害は少なくて済んだはずだ。にもかかわらず、社保庁の対応は、対象者に注意喚起の文書を送るなどに限られていた。
 「勤め先の会社と連絡を取るなどして確認する方法もあったが、国民年金保険料の徴収にも人員を割かなければならず、結果的に、十分な名寄せができなかった」。社保庁の元幹部は、そう弁解をするが、新藤宗幸・千葉大教授(行政学)は、「もっと繰り返し注意を呼びかけ、コンピューター内の記録を徹底的に調べるべきだった。年金は本人の請求に基づいて支払う『申請主義』なので、積極的に記録を調査して国民の受給権を保障しようという責任感があまりにも薄かった」と指摘する。
 「社保庁は私たちがみんな死んで、いなくなるのを待っていたんだろう」。記録漏れで年金額が少なくなった高齢者の憤りの声を、関係者はどう受け止めるのだろうか。

若尾文子さん参院選出馬…黒川氏いきなり切り札!妻頼み!?

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世界的建築家で「共生新党」を率いる黒川紀章氏が今夏の参院選に妻で女優の若尾文子さんを比例代表候補に擁立すると発表した。4月の都知事選ではクルーザー乗船、ヘリのチャーターなど型破りの選挙を展開し、話題はさらったが惨敗。参院選では再び党首として東京選挙区に立つ黒川氏は「勝つためなら何でもする」となりふり構っていられないようだ。
 いきなり最後のカードをきってしまったのか。「全国比例は断られた人もいるが…」と切り出した黒川氏は「若尾文子が出ます。今のところ自身を含めた3人が確定です」と発表。報道陣はどよめいた。
 黒川氏は都知事選の際に、共生新党の発起人として小沢一郎氏や古舘伊知郎氏ら承諾を得ていない著名人の名前を勝手に拝借。そんな“前科”があるだけに報道陣も「本当ですか?」「本人の了解は取ってますか?」とけげんな様子。記者会見が終了しても「本当に出馬と書いてもいいんですか?」と念を押す記者もいるほどだった。
 黒川氏によると、若尾さんに出馬を打診したのは都知事選直後。敗戦のショックに沈む黒川氏に若尾さんは「何か手伝うことある? 副党首? 比例代表?」と聞いてきたという。「比例を頼む」という黒川氏のオファーを若尾さんは「出ます」とあっさり快諾。さらに先週末、福島市の飯坂温泉で一緒にお湯につかりながら意気投合したという。
 若尾さんの全国的な知名度は大きな武器ではあるが、現在も舞台などに出演しており多忙。当選した場合の仕事との両立が懸念されるが「参議院は専門家集団。私も建築家をやめないし、妻も舞台をしっかりやってほしい」と黒川氏は意に介さない。
 人前で話すことが苦手な若尾さんは「扇千景さんのように議長になったらどうしよう」と心配しているという。だが黒川氏は「オレがいる。首相になってもオレが所信表明の原稿を書く」と口説き落としたという。報道陣から失笑が漏れると「首相は無理ですか? 若尾文子は」と周囲に問いかけた。
 都知事選では夫婦で「銀座の恋の物語」デュエットを予告するも実現せず。しかし黒川氏は「もうパフォーマンスはしない。クルーザーも飽きたでしょ。それに妻からも『思ってたより歌下手ね』と言われたし」と正攻法での選挙戦を宣言。それでもしつこく報道陣が「でも歌うんでしょ?」と水を向けると「歌わないと当選しない新党なんて、立ち上げない方がいい」とほえていた。
 若尾文子さん「私はこれからの残りの人生を女優として舞台の仕事を中心に続けていきます。主人、黒川紀章が東京都知事選に出馬し、今回は参議院選挙に共生新党党首として出馬することになりました。私は政治には関心はありませんでしたが、共生新党の政策は、国民の考えを反映したものと思います。主人とは芸術家という共通点があります。今回、私が共生新党の全国比例区に出ることによって、共生新党の政策により関心が高まれば幸いです」
 ◆若尾 文子(わかお・あやこ)本名・黒川文子。1933年11月8日、東京都生まれ。73歳。43年に父の転勤で仙台へ。宮城県立第二高女を中退。52年、大映入社。「死の街をのがれて」でデビューし看板女優に。代表作は「妻は告白する」「しとやかな獣」「越前竹人形」「清作の妻」「赤い天使」など。83年。テレビ番組での共演をきっかけに黒川氏と結婚。その時の黒川氏の口説き文句「君の美しさはバロックだ」は超有名。
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