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谷垣氏が小泉首相参拝を批判

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自民党総裁選への出馬を正式表明した谷垣禎一財務相は記者会見で、小泉純一郎首相が自らの靖国神社参拝を「個人の自由」としていることに関し「首相の内心の自由と行動は、外からみて分かりやすいのかという問題がある」と批判、首相参拝は自粛すべきだとの考えを重ねて強調した。
 谷垣氏はこれに前後し、自民党各派の領袖らを訪ね、出馬の意向を伝えるとともに支援を要請。丹羽・古賀派の丹羽雄哉代表は、総裁選後に同派、谷垣派、旧河野派の旧宮沢派(宏池会)系三派が結集する「大宏池会」構想実現を目指す考えを示し、谷垣氏も同意。古賀誠代表とは靖国問題で意見を交わした。
 伊吹派の伊吹文明会長との会談後、谷垣氏は記者団に「同じ京都府連の会長でもあり、協力をお願いしたい」と述べたが、伊吹氏は記者団に京都府連としての働き掛けには慎重な姿勢を見せた。

「首相公邸のカルガモのひなも三羽巣立った。もう飛んでいった」。小泉純一郎首相は閣議前、自民党総裁選への立候補を正式表明した谷垣禎一財務相にこう語りかけた。
 首相は公邸にすみ着いていたカルガモの巣立ちになぞらえ、ポスト小泉候補の谷垣氏、安倍晋三官房長官、麻生太郎外相の3人の一本立ちを見守る“親鳥”のような心境を示したようだ。
 谷垣氏が閣議前に、首相の靖国神社参拝に否定的な発言をしたことを念頭に「昨日は失礼しました」と述べたのに対し、首相は「そんなことないよ。頑張れ頑張れ」と応じ、カルガモの巣立ちに触れた。
 谷垣氏は閣議後、記者団に対し、カルガモ発言について「意味が分からなかった」。一方、安倍氏は記者会見で「よく三羽がらすと言うが、首相がどういう意図かは知らない。何となく連想したのかも」と苦笑していた。
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日経社員インサイダー、職場で売買1日100回

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日本経済新聞社員によるインサイダー取引事件で、証券取引法違反容疑で25日逮捕された同社広告局の笹原一真容疑者は、職場のパソコンを使って不正な株の売買を繰り返していた。社内の共用パソコンを閲覧し、その場で、値上がりが見込める株を買い付けていたこともあった。仕事のために覚えたはずの株取引はいつしか、多い日には、100回以上の売買を繰り返すまでになっていた。
 日経新聞社によると、笹原容疑者は99年4月入社。03年3月に広告局金融広告部に異動になり、その約1年後から株取引を始めた。社内調査に「証券業界の担当となり、株取引に詳しくなる必要があると考えた」ときっかけを語っている。
 関係者によると、笹原容疑者は逮捕容疑となった取引を含む多くの株売買を、勤務時間内に広告局の職場で、会社から貸与されたパソコンを使って行っていた。このうち、逮捕容疑に含まれる2銘柄については、広告局内に置かれた共用パソコンで法定公告の掲載予定を盗み見た直後に、職場のパソコンで株を買い付けていたという。
 株売買はすべてインターネットでの取引で、ネット取引専門の証券会社など15社に口座を持っていた。特捜部と証取委は、不正発覚を防ぐために、口座を分散させていたと見ている模様だ。実際、社内調査でも、同僚を含めてだれも不正取引に気づいていなかったという。
 一方、広告局の同僚らと株式市場の動向など一般論の議論をすることもあり、笹原容疑者が株の知識を自慢することもあったという。
 「趣味が株取引」「ゲーム感覚的なところがあり、どんどん繰り返した」と言っていた笹原容疑者は結局逮捕され、「読者と株式市場に対する二重の意味での極めて悪質な背信行為」(杉田亮毅社長)と懲戒解雇になった。社内調査にこう語っていたという。
 「会社、家族、市場に参加する方々に多大な迷惑をおかけし申し訳ありません。自分の未熟さを反省しています」
不思議な事は30歳そこそこのサラリーマンがこれだけの大金を動かせるのは誰かが投資をしていたと思われる。


郵貯、現金過不足15万件 4億9千万円合わず

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郵便貯金の窓口で現金をもらいすぎたり渡しすぎたりして勘定がうまくあわなくなる現金過不足が、05年度で15万3000件、4億9000万円にのぼっていることが分かった。総務省も事態を問題視し、08年初頭にはゼロにするよう日本郵政公社に要請した。このままでは、07年10月に民営化して普通の銀行になったとたん、金融庁の処分を受けかねないと懸念しているためだ。
 日本郵政公社によると、郵貯の現金過不足は郵政公社になってから細かく把握し始めており、04年度は20万8000件で12億8000万円だった。05年度の過不足の内訳は不足が2億4000万円、過剰が2億5000万円だった。不足は損金、過剰は雑収入として処理している。郵政事業庁時代までは不足分を職員が弁償することが多かった。
 民間銀行では、各支店で現金が合うまで確認するのが慣例で、郵貯の現状は「銀行の常識では考えられない」(大手行幹部)という。今年春の金融庁の検査でも、過不足の多さが指摘された模様だ。
 郵政公社は職員による確認を徹底するとともに、自動的に現金を数えられるオートキャッシャーを07年末までに全国に導入する予定。「現金過不足をゼロにできる態勢をつくる」(郵便貯金事業本部)としているが、完全に一掃できるかは不透明だ。

又、簡易保険の配当金を別の契約者の口座に払い込んだり、配当支払いの通知書を誤って送ったりしたミスが計440件、約76万8千円分見つかった、と発表した。「単純な入力ミスなどが原因」という。今月中旬には簡保の職域保険の一部で約2万8千件、総額7800万円の配当金払い過ぎが見つかり、郵便局窓口での郵便貯金の現金過不足も多い。07年10月の郵政民営化を控え、利用者の視線は厳しくなりそうだ。
 発表によると、配当金を別人の口座に支払ったのは56件、約11万8千円。郵便局で入力したデータの間違いを修正したが、システムの誤りで修正が反映されなかったという。別人に払った配当金は郵便局員が戸別訪問して返却を求める。契約者が払い込み指定した口座と別の本人の口座に払い込んだ事例も37件、約7万5千円分あった。
 総務省は「リスク管理態勢は極めて不十分」として原因分析や対策を1カ月以内に報告するよう24日付で通知した。簡保は民営化後、新商品開発を始めたい考えだが、政府の認可が必要。生保業界からは「ミスの頻度や規模が大きい。初歩的なミスが続くようだと、すんなり認められるのか」との批判も出ている。
 明治安田生命保険や三井住友銀行など問題が発生した金融機関への業務停止命令が相次いだ。金融庁幹部は「民営化後は他の民間金融機関と同じ基準で検査する」としており、「このままでは、民営化してすぐに業務停止命令が出される恐れもある」(大手銀行幹部)といった見方まである。

昭和天皇「私はあれ以来参拝していない」 A級戦犯合祀

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昭和天皇が死去前年の1988年、靖国神社にA級戦犯が合祀されたことについて、「私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」などと発言したメモが残されていることが分かった。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が発言をメモに記し、家族が保管していた。昭和天皇は靖国神社に戦後8回参拝。78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝していなかった。A級戦犯合祀後に昭和天皇が靖国参拝をしなかったことをめぐっては、合祀当時の側近が昭和天皇が不快感を抱いていた、と証言しており、今回のメモでその思いが裏付けられた格好だ。
メモは88年4月28日付。それによると、昭和天皇の発言として「私は 或る時に、A級戦犯が合祀されその上松岡、白取までもが筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と記されている。
 これらの個人名は、日独伊三国同盟を推進し、A級戦犯として合祀された松岡洋右元外相、白鳥敏夫元駐伊大使、66年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取ったが合祀していなかった筑波藤麿・靖国神社宮司を指しているとみられる。
 メモではさらに、「松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている」と続けられている。終戦直後当時の松平慶民・宮内大臣と、合祀に踏み切った、その長男の松平永芳・靖国神社宮司について触れられたとみられる。
 昭和天皇は続けて「だから私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」と述べた、と記されている。
 昭和天皇は戦後8回参拝したが、75年11月の参拝が最後で、78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝しなかった。
 靖国神社の広報課は報道された内容について「コメントは差し控えたい」とだけ話した。
    ◇
 《「昭和天皇独白録」の出版にたずさわった作家半藤一利さんの話》メモや日記の一部を見ましたが、メモは手帳にびっしり張ってあった。天皇の目の前で書いたものかは分からないが、だいぶ時間がたってから書いたものではないことが分かる。昭和天皇の肉声に近いものだと思う。終戦直後の肉声として「独白録」があるが、最晩年の肉声として、本当に貴重な史料だ。後から勝手に作ったものではないと思う。
 個人的な悪口などを言わない昭和天皇が、かなり強く、A級戦犯合祀に反対の意思を表明しているのに驚いた。昭和天皇が靖国神社に行かなくなったこととA級戦犯合祀が関係していることはこれまでも推測されてはいたが、それが裏付けられたということになる。私にとってはやっぱりという思いだが、「合祀とは関係ない」という主張をしてきた人にとってはショックだろう。
    ◇
 靖国神社への戦犯の合祀は1959年、まずBC級戦犯から始まった。A級戦犯は78年に合祀された。
 大きな国際問題になったのは、戦後40年目の85年。中曽根康弘首相が8月15日の終戦記念日に初めて公式参拝したことを受け、中国、韓国を始めとするアジア諸国から「侵略戦争を正当化している」という激しい批判が起こった。とりわけ、中国はA級戦犯の合祀を問題視した。結局、中曽根氏は関係悪化を防ぐために1回で参拝を打ち切った。だが、A級戦犯の合祀問題はその後も日中間を中心に続いている。
 昭和天皇は、戦前は年2回程度、主に新たな戦死者を祭る臨時大祭の際に靖国に参拝していた。戦後も8回にわたって参拝の記録があるが、連合国軍総司令部が45年12月、神道への国の保護の中止などを命じた「神道指令」を出した後、占領が終わるまでの約6年半は一度も参拝しなかった。52年10月に参拝を再開するが、その後、75年11月を最後に参拝は途絶えた。今の天皇は89年の即位後、一度も参拝したことがない。
 首相の靖国参拝を定着させることで、天皇「ご親拝」の復活に道を開きたいという考えの人たちもいる。
 自民党内では、首相の靖国参拝が問題視されないよう、A級戦犯の分祀が検討されてきた。いったん合祀された霊を分け、一部を別の場所に移すという考え方で、遺族側に自発的な合祀取り下げが打診されたこともあるが、動きは止まっている。靖国神社側も、「いったん神として祭った霊を分けることはできない」と拒んでいる。
 ただ、分祀論は折に触れて浮上している。99年には小渕内閣の野中広務官房長官が靖国神社を宗教法人から特殊法人とする案とともに、分祀の検討を表明した。日本遺族会会長の古賀誠・元自民党幹事長も今年5月、A級戦犯の分祀を検討するよう提案。けじめをつけるため、兼務していた靖国神社の崇敬者総代を先月中旬に辞任している。
    ◇
《靖国神社に合祀された東京裁判のA級戦犯14人》
【絞首刑】(肩書は戦時、以下同じ)
東条英機(陸軍大将、首相)
板垣征四郎(陸軍大将)
土肥原賢二(陸軍大将)
松井石根(陸軍大将)
木村兵太郎(陸軍大将)
武藤章(陸軍中将)
広田弘毅(首相、外相)
【終身刑、獄死】
平沼騏一郎(首相)
小磯国昭(陸軍大将、首相)
白鳥敏夫(駐イタリア大使)
梅津美治郎(陸軍大将)
【禁固20年、獄死】
東郷茂徳(外相)
【判決前に病死】
松岡洋右(外相)
永野修身(海軍大将)

「姉よこせ」「汚いアラブ人」…問題の発言、伊でも憶測

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マテラッツィ選手は一体、ジダン選手に何を言ったのか。24年ぶりのW杯優勝にわくイタリア国内で「頭突き事件」は微妙な影を落としている。96年から5年間セリエA(1部リーグ)名門チームのユベントスに在籍したジダン選手はイタリアでも身近な存在。人々の関心は高く、マテラッツィ選手の発言についてさまざまな憶測が飛び交っている。
 発言について、伊有力紙レプブリカは「最も信頼でき、確実とみられるバージョン」を以下のように報じた。
 「決勝前、マテラッツィ選手はジダン選手にユニホームを譲って欲しいと頼み、OKの返事をもらった。延長戦の途中、マテラッツィ選手が体を押すのでジダン選手が不満を口にした。それに対して失礼な発言をされたジダン選手がジョークで終わらせようとし『シャツをやると言っただろう。でも、試合の後だよ』と言った。マテラッツィ選手は『試合後、あんたの姉をよこせ』などと言った」
 一方、終身上院議員のコシガ元大統領は「シラク仏大統領とアルジェリア大統領に発言をおわびしたい」と述べた。同元大統領が伊記者団に明かしたマテラッツィ発言は「お前の姉は売春婦で、汚いアラブ人でテロリストだ」。
 英国メディアが伝えるのは「テロリスト売春婦の息子」。伊紙はジダン選手のいとこの証言として「お前はアルキの息子だ」と言われたと報じた。アルキはアルジェリア独立戦争でフランス側について戦ったアルジェリア人のことだ。
 「売春婦の息子」という汚い言い回しは、イタリアではかなりひんぱんに使われる侮辱の言葉。もし「テロリスト」と言ったのならマテラッツィ選手に非がある、という意見が目立つ。イタリア国内で、ジダン選手はイタリア語に堪能だと広く認知されている。
 ユベントスのファンだというローマの40代男性は「『売春婦の息子』は兄弟げんかでも使われるくらいだが、『テロリスト』は許されない。ジダン選手はアルジェリア系仏人であり、テロリストと言われたら深く傷ついたのではないか」と話した。

仏社会に同情と困惑 ジダン頭突き、波紋広がる

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サッカーW杯決勝でフランスの主将ジダン選手がイタリア選手に頭突きして退場になった「事件」が、仏社会で波紋を広げている。同選手が暴力行為に訴えた理由については真相が明らかにされないまま、人種差別的な挑発が原因だとして同情する見方も出た。その半面、「ジダン選手にあこがれる子供に示しがつかない」との戸惑いも。サッカー界にはびこる人種差別や仏国内の移民問題も絡んで、騒ぎはしばらくやみそうにない。
 報道では、イタリアのマテラッツィ選手がアルジェリア系移民2世のジダン選手を「テロリストと呼んだ」「家族を侮辱した」などの憶測が飛び交っている。しかし、両選手とも真相には口をつぐんだまま。挑発発言にジダン選手が怒りを爆発させたのは確実とみられ、仏市民の多くは「人種差別的な侮辱発言に違いない」と信じている。
 欧州サッカー界では近年、人種差別が問題になっており、非白人が多い仏選手が標的になるケースも多い。04年、両親がカリブ系のアンリ選手を「黒いクソ野郎」と形容したスペインの監督が制裁金を科された。やはりカリブ海の仏海外県出身のチュラム選手もルモンド紙で「イタリアのリーグで観客がサルの鳴きまねをするなど人種差別が目に余る」と苦言を述べていた。
 パリ郊外でW杯をテレビ観戦したアフリカ系のジョスランさんは「差別発言への怒りをぶつけて退場になったのなら、それで負けても僕は誇りに思う」とジダン選手をかばった。世論調査では51%が同選手の行為を「理解できる」と回答。仏人権団体は国際サッカー連盟に実態調査と、差別発言が事実だった場合の制裁を求める声明を出した。
 スポーツ紙レキップは「永遠の後悔」「しくじった引退」の見出しで、有終の美を飾るヒーローを期待していたファンの無念の思いを表現。
 ジダン選手は移民社会の子供たちの模範だっただけに、本人が危険行為を犯したことに戸惑う声もある。頭突きをまねした遊びもはやり始めている。AFP通信は「日ごろ私たちは侮辱されても暴力はいけないと子供たちに言い聞かせている。ジダンにはきちんと理由を説明してほしい」と、ジダン選手が生まれ育ったマルセイユ郊外で子供たちにスポーツを教える男性の声を伝えた。

吉本興業が球団設立を準備…クラブチームとして検討

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吉本興業(本社・大阪市)が、社会人野球を統括する日本野球連盟への加盟を目指し、球団設立の準備を進めていることが分かった。
 同社幹部は「社内から球団を持ちたいという話が持ち上がり、設立の検討を進めている」と話した。クラブチームとして設立する方向で、将来的には都市対抗大会に出場できるチームをつくりたいという。
 同連盟側に申請手続きを問い合わせるなど加盟を打診しているが、広報担当は「今はまだ準備段階で、具体的に発表できるところまでいっていない」としており、スポンサーの問題や加盟申請の時期などは未定。
 吉本興業は1999年にスポーツマネジメント部を新設するなど、スポーツ分野にも進出し、プロ野球オリックスとはことし業務提携2年目に入っている。またヤクルトの高津臣吾、石井一久両投手らとはマネジメント契約を結んでいる。

金英男さんが会見、めぐみさん拉致経緯聞かず

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横田めぐみさんの夫だった韓国人拉致被害者の金英男さんが平壌で共同通信など日本メディアと会見し、めぐみさんに拉致の経緯を聞かなかったと述べる一方、めぐみさんの「遺骨」に「他人の遺骨が混ざっていたかもしれない」と発言したとされることを否定。めぐみさんが「3歳の時に交通事故に遭った」と述べたとされることについても「交通事故なのか何なのか記憶にない」と否定した。
 英男さんは6月29日に北朝鮮・金剛山で行われた南北離散家族再会で母親と姉に対面、韓国取材団と会見したが、日本メディアとの会見に応じるのは初めて。娘キム・ウンギョンさんは途中から同席した。
 めぐみさんを火葬しようとしたのは「1997年春ごろ」とし、めぐみさんの両親に送った手紙で「1993年に死亡」としていたのは「時間がなくて、あわてて書いたので日付を錯覚した」「一度は自分で書いたが、筆跡が公開されるのではないかと思い、関係部門の人に書き写してくれと頼んだ」と述べた。
 英男さんは、めぐみさんが22歳の時に出会ったとし「かわいくてしとやかだった」「日本語を学ぶために知り合って6か月後にプロポーズし、1986年8月に結婚した。私としては幸福だった」と回想した。
 めぐみさんは日本料理を作り「父は銀行員で、あちこち転勤があり、広島にもいた」「小さいころ母に弟がほしいと言うと、双子の弟が生まれた」と家族の話もしたという。
 めぐみさんはウンギョンさんが生まれて喜び「育てるのに心血を注いでいた」といい「朝鮮語が非常に上手で、結婚生活でもほとんど朝鮮語を使った」と述べた。
 しかし「特殊機関の人間として守らなければならないルールがある」ため、めぐみさんがいつどうやって北朝鮮に来たかは聞かず、夫婦間で話題にもならなかったと語った。
 めぐみさんと暮らしていたのは「特殊機関が一般的に使う」平壌市順安区域テヤンリ地区で、日本人拉致被害者の蓮池薫さんや地村保志さんと交流があったという。

新庄、ラスト球宴で壮大プラン

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数々のパフォーマンスで球界を騒がせてきた新庄が、最後のオールスターでも何やらたくらんでいる。
 ファン投票で選出された球宴に向け、1日遅れで会見し「国の許可次第。言えないが、そんなのあったなというやつをやりたい」と含み笑い。さらに「怒られてもいい。コミッショナーとか、60歳すぎとか、審判とか。自由にする」。球界へ挑戦状をたたきつけるほどの意気込みで臨む。
 清原に次ぐファン投票の全体2位で選ばれたことについては「最後は断トツのファン投票1位で終わりたかった。ものすごく悔しい」。また「パ・リーグのベンチが常に笑っているようにしたい。雰囲気でセには負けたくない」と相変わらずの“新庄節”を披露した。

「2006サンヨーオールスターゲーム」のファン投票最終結果が発表され、オリックス・清原和博内野手が両リーグ最多得票となる80万6021票を獲得した。右太もも付け根痛でリハビリ中にもかかわらず、通算18度目のファン投票での選出に感激。便せん2枚に感謝のコメントをしたためた。セ・リーグでは中継ぎ投手の藤川をはじめ阪神勢が6人を占めた。パ最多はソフトバンクの4人。巨人からはセ三塁手で小久保だけが選ばれた。4日に監督推薦を含む全陣容が発表される。
 暗闇に、一筋の光が差し込んだ。戦線離脱中の清原が、91年以来15年ぶりとなる両リーグ最多、80万6021票を獲得して現役最多18度目のファン投票で選出。最終中間発表でトップだった日本ハム、新庄を逆転しての吉報に、リハビリ中の背番号5は「ファンに手紙で対応したい」と便せん2枚に今の思いを込めた。
 広報に手渡された手紙は、縦書きで直筆。書き直し個所もあったため現物は公表されなかったが、文面で苦しい現状を告白した。「絶望のどん底に自分がいます」6月24日に今季5度目の負傷となる右太もも付け根痛で出場選手登録を抹消。今は体調を崩してリハビリもままならない。精神的にも追い込まれている中での、うれしい知らせだった。
 ファンはMVP過去7度の元祖・お祭り男を待っていた。得票は戦線離脱後の26日の最終中間発表時からさらに23万票上乗せし、日本ハム・新庄を抜き去った。神経ブロック注射の激痛に「仰木さんの治療に比べたら蚊に刺されたもんやと自分に言い聞かせて耐えました」と歯を食いしばる38歳に、これ以上ないエールだ。中村監督も「野球ファンのためにも頑張ってほしい」と出場に期待を込めた。
 山本浩二氏が持つ球宴通算最多本塁打14本にあと1。打率(3割7分4厘)、打点(34)はトップで、出場がかなえば3冠王の金字塔に挑むことになる。「もう一度頑張ってみます」低迷するチームの起爆剤にするためにも、アーチを掲げて新記録達成へ。感謝の思いを、復活出場の力にする。
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